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翻訳:現代のスピリチュアル・ヒーリング

文:ポール・スコルペン 

訳:田中千恵 

 

テオーシス・インスティチュートから許可を得て、翻訳文を掲載しています。

 

原文はこちらでご覧頂けます。

 

 

”春は最も残酷な月だ

死の大地からライラックの花を芽吹かせ、

記憶と欲望をない混ぜて・・・

『荒れ地』 T.S.エリオット

 

『君はまだ過去を生きているのか、それとも今を生きているのかい?』

イケア

 

 

スピリチュアル・ヒーリングは人類の歴史を通して、あらゆる文化と文明の中で知られてきました。古代から、私たちは偉大で慈悲深く、すべてを結びつける力が、肉体や感情の苦しみを和らげてくれるように、互いの手を差し向けてきました。そして、私たちが物質主義と合理主義の時代から抜け出そうとしているまさにこの時、スピリチュアル・ヒーリングは再び息を吹き返しています。手を当てるという行為は、教会や病院、個人の領域でも再び行われるようになっています。近代医学や精神療法が時に限界を感じるようなところで、スピリチュアル・ヒーリングは深く持続的な癒やしを可能とする、穏やかな選択肢になるでしょう。

 

過去1世紀において、最も天賦の才に恵まれたヒーラーであり、神秘主義者の一人だったのは、ダスカロス(1912-1995)として知られる、キプロスのスティリアノス・アテシュリスでした。ダスカロス(ギリシャ語で先生の意味)は、政府の印刷局で働き、家族と暮らしていました。彼は控えめで目立たずに、揺るぎない信仰と深くに眠っているキリストの存在を通して、次から次へと奇跡を成し遂げました。そして、教師として、彼は数多くの人々を苦しみと混乱から引き上げたのです。私は幸運なことに、ダスカロスの晩年の6年間、彼の傍で一緒に働くことができました。彼と過ごした時間が、私をヒーリングと神秘主義の人生へと導いてくれたのです。

 

ダスカロスは、「聖書をあなたの親友にしなさい」と言うのを好んでいました。彼にとって、旧約聖書と新約聖書は目覚めのための完全な案内書でした。4つの福音書は、当時の偉大なヒーラー、教師だったイエスに関する並外れた記述書です。もし私たちがこうした模範と教えに従うなら、喜びに溢れた人生を送り、他者のヒーリングと目覚めの旅路を助けることができるようになると、ダスカロスは語っていました。彼は、こうしたことのまさに輝かしい手本でした。

 

ダスカロスはイエスと同じように、私たちは自分たちの中に過去を背負っていると説きました。過去のどこかで私たちに起きてきた事の多くが、潜在意識の中に埋め込まれ、制御されないまま存在しています。トラウマの出来事による感情の記憶や絶えず緊張を強いられるような状況は、私たちの人生と健康状態を決定するのに強い影響力を持っているのです。だからこそ、T.S.エリオットは『荒れ地』の中でそれを表現しました。また、イケアはこうした知識を賢明で明確な形で述べ、私たちを縛りつけている記憶と願望にもっと注意を向け、それらを防ぐことができるように、次のような挑発的な質問を投げかけました:君はまだ過去にいるのか(まだ生きているのか)、それとも君は今の瞬間にいるのか(今を生きているのか)?と。

 

ダスカロスが”エレメンタル”と呼んだ経験と記憶の数々は、私たちの中で生きています。それらのエレメンタルを維持するためには、食べ物を必要とします。彼らは私たちからエネルギーを奪い、私たちの感情に影響を与えて、特定の方向に向かう行動を取るように私たちを仕向けるのです。不安のエレメンタルは、恐怖の経験を必要とします。悲しみのエレメンタルは、悲しみの経験を必要とします。最初にエレメンタルは、体を維持している精妙なエネルギーを消費し、このエネルギーが枯渇してくると、神経系や時に臓器にも影響を与えるようになるのです。

 

こうしたエレメンタルは、2つの源から燃料を補給されています:一つ目は、家族間にある私たちの経験で、もう一つのパターンは、私たちが過去生から今の人生に持ち込んできたものです。私たちは、ヨハネの福音書にある次の記述の中に、このことをはっきりと見ることができます。

 

さて、イエスは通りがかりに、生まれつきの盲人をご覧になった。弟子たちはイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき盲人なのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したのでもなく、両親が罪を犯したのでもない。むしろ、神の業がこの人に現れるためである」

(ヨハネの福音書 9章1-3節)

 

弟子たちの質問から、イエスの時代には、生まれつきの盲人なのは、彼が生まれる前に犯した罪(個人のカルマ)によるものか、両親の罪深い生き方の結果(家族のカルマ)によるものかのどちらかだと考えられていたのは明らかです。イエスはそれに対して、苦しみとその後に起こるヒーリングは、神を讃えるためであり、盲人を新しい意識の状態へと引き上げるためのものだと答えました。聖書によると、スピリチュアル・ヒーリングが人々を次のものから解放していることが分かります:1)個人的なカルマのパターン、2)不健康な家族間のパターン、そして究極的には3)神による解放と喜びをもたらすこともあるかもしれません。

 

私たちが過去から強く影響を受けているとヨハネが伝えてくれているように、スピリチュアル・ヒーリングは私たち自身を古いパターンから解放したり、それらのパターンを転換するために働きかけ、気づきをもたらします。霊の働きによって、ヒーリングは神の恩寵となるのです。言いかえると、神の愛が私たちの無意識と体の構造へと流れ込み、健康と幸福への扉を開くとも言えるでしょう。優れたスピリチュアル・ヒーラーたちは一つの共通した特徴を持っています;神が神自身を現すことで、ヒーラーたちは癒すことができるということです。神意識につながり、普遍的なヒーリングパワーを受容する媒介になることで、彼らを通して神の意志が癒しをもたらします。彼らは皆、「私の望みではなく、御心がなされますように!」(ルカの福音書 22章42節)と願い、彼らの手とハートは、恩寵が流れる生きた川床になるのです。

 

私たちは今、様々な不安と苦悩が増え続ける時代に生きています。環境や経済、社会的な不安や懸念は山積みになるばかりに見えます。こうした変化の時代には、私たちが本当の健康、信頼と愛へと戻れるように、スピリチュアル・ヒーリングが助けになってくれるでしょう。そして、手を当てるという行為が、私たちの人生と文化の中で、再び重要な役割を担っていくでしょう。

 

 

Copyright Paul Skorpen, 2001-2012

Translated by Chie Tanaka