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翻訳:ポール・スコルペン氏のインタビュー記事

文:ポール・スコルペン 

訳:田中千恵 

 

テオーシス・インスティチュートから許可を得て、翻訳文を掲載しています。

 

原文はこちらでご覧頂けます。

 

 

 〝あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている〟 

  ~ スピリチュアル・ヒーリングを通してもたらされる深く持続性のある幸福と健康 ~

 

 

Q:ポール、あなたはヒーラーだと伺ったのですが、あなたが歩んできた道のりとヒーリングという仕事について、少し私たちに聞かせてくれませんか?

 

もちろん、喜んで。人間は誰もが、自分は愛されていると実感したいという欲求を持っていると思うのです。人が勇気を持って霊的な道に踏み出すとき、その愛を感じたい、自分たち自身が神の最愛の子供だと体感したいと思うようになります。

 

こうした神の源に同調すればするほど、私たちヒーラーはスピリチュアル・ヒーリングをより良い形でサポートできるようになります。慈悲深い神の意志を受け取り、仲介者となることによって、実際に私たちは神と共に健康を創り出すことになるのです。キリストは、「わたしの望みではなく、“あなたの御心が行われますように”」と語ることで、それを最適な形で言い表しました。

 

こうしたことが、南ドイツにあるテオーシス研究所で私が行っているヒーリング・ワークの基礎になっています。また、肉体や感情的な苦しみを取り除く手助けとして、私が考案したセブン・トリートメントというヒーリングを下支えしています。

 

しかし、はじめはヒーラーとしての道が、必ずしも私にふさわしいと思っていたわけではありません。私がそうした呼び声を受け入れられるようになるには、20世紀の偉大な教師であり、ヒーラーのひとりだった人の傍で、何年か仕事を手伝う時間が必要でした。

 

Q:どのようにして、こうしたヒーリング・ワークに興味を持つようになったのですか?

 

すべては、1989年6月に有名なギリシャ系キプロス人のスティリアノス・アテシュリス(1912-1995)の元を訪れ、キプロス島のストロヴォロスで直接彼の教えを聞いたときに始まりました。彼の講義に参加してすぐに、なぜ彼が“ダスカロス”(ギリシャ語で「先生」または「グル」を意味する語)と呼ばれているのか、そしてなぜ彼の評判が世界中に広がったのかを理解しました。

 

その年の9月に私はキプロス島に招かれて戻り、この教師のすぐ傍で働き始めたのです。5ヶ月経ったころ、私はイニシエーションを受けて、インナーサークルの生徒たちの輪に加わり、それからすぐに彼は直接、個人的に私を指導し始めました。

 

この偉大な教師が行った普通では考えられないような数々のヒーリングを目撃したことで、私は深い感動を覚えました。それからほんの数ヶ月後に、彼が人々の前でヒーリングを行うときに私を呼び出し、「ポール、君はもう充分長いこと私のやることを見て、話を聞いてきたのだから、今から前に出てヒーリングを手伝ってくれないか」と言い始めました。

 

しかし、私は断りました。私自身がヒーリングに取り組むためには、ヒーリングを知的に “理解する” ためにもっと時間が必要でした。すると、ダスカロスは、「分かったよ、ポール、今座っているところにいて、もう少し観察していなさい」と言ったものでした。

 

そして、数ヶ月経つと彼は決まって、再び私にヒーリングをするよう勧めるのです。これは5年の間、滑稽な決まり事のように繰り返し続いていきました。ダスカロスは、「さあ、今だ」とよく言いましたが、私にはたくさんの言い訳がありました。「ダスカロス、分かっているでしょう。人々は世界中からあなたに癒やされるために来ているんですよ。僕ではなく・・・」

 

それから、1994年にダスカロスは発作を起こし、彼の右半身には麻痺が残り、話すことができなくなりました。その後の14ヶ月間、私は彼のベッドの傍に寄り添って、彼の介護を手伝いました。

 

私には、発作が起きた特に左脳の辺りに彼がひどい痛みを感じていることが分かりました。そのことが私の心を動かし、彼が長い間私に取って欲しいと願っていた一歩を踏み出す気にさせたのです。私は自分の手を彼の頭部の左側に置き、祈りました。何年もの間数え切れないくらい、彼が行っているのを見てきた通りに。

 

その最初の晩、ダスカロスは穏やかな眠りに入りました。正直に言えば、私にはそれが本当に彼の助けになったのか、彼が私をヒーラーにさせるために、助けられたように振る舞ったのか、本当のところは分かりません。しかし、それは毎晩の決まった仕事になっていきました。私のカルマが私の信条を越えていったようでした。

 

1996年、私は将来の妻となるブリジットと一緒にドイツに移り住みました。私がダスカロスの傍にいたことを知っている人々がすぐに、彼が行っていたようにヒーリングを私も行えるのかどうか尋ねてくるようになったのです。私は彼らに、あのようなことを行える人はほとんどいないと確信を持って伝えました。ダスカロスはヒーラーとして極めて進化していたからです。しかし、私なりにトライしてみようと思いました。

そうして、人々がやって来ては良くなるようになり、しばらくすると、ヒーリングを教えてくれないかと尋ねられるようになりました。

 

Q:あなたのヒーリング・ワークはどのように発展していったのですか?

 

始めの頃、人々が深刻で慢性的な問題を抱えて私のところにやって来ると、彼らは1回のトリートメント、もしくは2度目、3度目でさえもあまり良くなりませんでした。私は、彼らを手助けするために、より良い方法を探さなければならないと思っていました。

 

ダスカロスの霊的なガイドは、福音書の著者である聖ヨハネで、ダスカロスとヨハネは永遠に途切れることのない美しい関係を結んでいました。ダスカロスを通じて、私は福音書の著者ヨハネと個人的な関係を育ててきました。私が彼に向かって導きを求めると、彼は、「ポール、私の福音書『ヨハネの福音書』には神秘的なことがらが描かれています。もし、それを読んで、理解することができれば、あなたは答えを見い出すことでしょう」と言いました。そうして、私はダスカロスと一緒に勉強していたときよりも、さらに熱心に福音書を学び始めました。そして、私はある特別なものごとに気がついたのです。

 

この福音書の中で、イエスは安息日の直前か、安息日のいずれかに人々を癒やしています。ヨハネはまた非常に神秘主義的な言葉を使い、イエスがある人々の元へ行き、人々を癒やし、変容させるとき、それが第6日または第6時だったと語っています。彼らは癒やされ、安息の意識 ──完全なる休息、再生、祝福、健康、そして妨げのない認識── へと入っていきました。

 

聖ヨハネは、病気や障害が私たちの霊的な目覚めや発達にとって、いかに重要なものであるかを示しています。人々が、第6日、六芒星といった6の数字で象徴されるようなある段階に達するとき、何かが完結しているのです。そのときの彼らの意識の状態は完了を迎え、“悟り”または“目覚め”と呼ぶような、意識の大きな移行のための準備が整った状態になっていると言えます。

 

こうした象徴的な知恵に基づいて、私は人々にトリートメントを7回受けに来るつもりがないかどうか尋ね始めました。そして、これら7回のトリートメントを各回3週または5週の間隔を空けて行うようにしました。人々は同意し、それから非常に驚くようなヒーリングが起き始めたのです。

 

Q:あなたのヒーリング・ワークはダスカロスが癒やした方法とどのように関連しているのでしょうか?

 

ダスカロスもキリストも、癒やしを行うのは神の慈悲だと信じていました。イエスが、「わたしは自分からは何事もすることができない。わたしの内におられる父が、ご自分の業をなさっているのである」と語ったように。ダスカロスは根本的に受動的で、彼の手とハート、そして愛に満ちた彼という存在を通して、大天使やキリスト、聖霊が働くことを受け入れていました。

 

そのためには、私たちはヒーラーとして、慈悲の力が働けるよう、適切な技術と枠組みを与えることが必要です。もし、誰かが慢性的に身体的または感情的な状況に苦しんでいるとして、1回のトリートメントでは、慈悲の力がそうした状態を軽減することができないかもしれません。慈悲は、そうした状態を奥深くにある原因から癒やそうとします。私たちの多くは、自分たちの病を、そう性急には手放すことができないのです。

 

しかし、もしある人が例えば3週間おきに7回のトリートメントに来ることを受け入れているとすれば、慈悲の力がヒーリングを完了するために、21週間もしくはそれ以上の時間(最後のトリートメントが統合されるためには、さらに3週間がプラスされる)があることになります。それによって、慈悲の力はその人を最終的に肉体的、感情的、また同様に霊的に癒やし、解放するために、7つのチャクラに入り込んで、傷の奥深くにまで達することが可能になるのです。最近、私のクライアントのひとりは、トリートメントを一連の霊的なイニシエーションとして経験しました。

 

ダスカロスは肉体レベルを含め、あらゆるレベルにおいて特別なヒーラーでしたが、私自身の役目または天命は、セブン・トリートメントが結果としてもたらすような、深く持続性のあるヒーリングを行うことだと思っています。

 

Q:一人ひとりのヒーリングは、それぞれ独特のものなのですか?

 

ある人がこうしたセブン・トリートメントを受けると決意したその瞬間に、“天”では、完全な神の計画が創り上げられ、その後に続くトリートメントの過程の中で展開していきます。ですから実際に、私たち一人ひとりにとって、二つとない計画が完璧な形で創られるのです。

 

言いかえると、神の慈悲は、私たち一人ひとりそれぞれが、家族的カルマ、個人のカルマ、そして集団的なカルマのどこに立っているのかを知っています。イエスはかつて、「あなたたちの髪の毛も皆数えられている」(新約聖書 ルカ12章7節)と語りました。これは、セブン・トリートメントを通じて、人々を導き始めるまでは、信じがたいことでしょう。こうした意味において、ヒーラーは手を当てることで、人間が皆霊的な道のりで探し求めているものを受け取ります。それは、あらゆる個人の人生の中に、普遍的な愛が息づき活動しているという確信です。慈悲の力が流れる生きた水路として、ヒーラー自身は神の源につながり、信仰も大きく成長していくことになります。

 

Q:これらの異なるタイプのカルマについて、もう少し詳しく説明してもらえますか?

 

ダスカロスによれば、基本的に私たちのパーソナリティーを形成する要素として、3つの影響力があります。その一つが幼少期における私たちの経験です。これは解剖学的にも根拠があることです。なぜなら、私たちは子供のとき、自分自身に直接起きることや周囲で起きることのすべてに対して、非常にオープンな状態でいるからです。10代に至るまでの幼い子供時代の経験は、私たちの発達に大変な影響を与えています。これが家族的カルマです。

 

そして、もしあなたが輪廻転生を信じるなら、もう一つの影響力は、楽しいことだけでなく不快なことも含めた、過去生での非常に劇的な経験によるものです。私たちがまだ解決していない前世の経験、これが個人のカルマです。私たちはこれらのカルマを今の人生に持ち込むことで、それらを進化させたり、調和させることができるのです。

 

三つ目の影響力は、集団的なカルマと呼ぶものです。これは非常に大きなテーマであり、西洋、東洋のいずれにおいても、私たちの集団的な信念とモラルに関連しています。集団的なカルマは宗教、そして、かなりの割合で私たちの文化や文明を形作っています。7つのチャクラを神に与えられたハードウエアだと想像してみて下さい。そこにどんなソフトやOSをインストールするか、つまり私たちが7つのチャクラをどう扱うかは、私たちの決断によるのです。私たちが現在経験している集団的なカルマは、過去数千年に渡って展開してきましたが、現在重大なパラダイム・シフトのまっただ中にあります。

 

Q:セブン・トリートメントがどのように働くのか、いくつか具体例を挙げてもらえますか?

 

分かりました。しかし、一つ心に留めて置いて欲しいのですが、ヒーラーの姿勢が受容的だからと言って、これらのトリートメントは気安く受け止められるようなものではありません。全体のプロセスを通して、クライアントは完全に守られ、その人が受け止められないような経験は決して起こりませんが、そのプロセスはしばしば耐え切れるぎりぎりのラインまでいくことがあります。神の計画は、それぞれの個人がどれだけの苦しみを手放す準備ができているのか、それがいつなのかを正確に知っています。計画が展開し始めるにつれ、それは非常に劇的になる可能性もあり、ヒーラーとしての私は、こうしたとても深い浄化のプロセスが起きている最中、アンカーとして、そしてガイドとして寄り添います。

 

数年前に一人の若いドイツ人が助けを求めて、私の元へやって来ました。ここでは彼を“マルクス”と呼びましょう。彼は精巣癌にかかり、精巣を摘出していました。すべてはうまくいっていましたが、彼の腫瘍マーカーは正常な範囲に下がりませんでした。彼は私のワークを知って、セブン・トリートメントを受けられるかどうかと尋ねてきました。私は喜んで彼の手助けをしたいと言いました。

 

トリートメントはとても順調に進んでいきました。彼のプロセスは非常に劇的で、彼の感情や肉体レベルの生活に数多くのことが表面化しました。5回目のトリートメントの後、彼はパニックに陥って、私に電話をかけてきたのです。「ポール、あなたも知ってるように、僕の腫瘍マーカーは9か10あたりだったでしょう。それが、先日検査を受けたら、70か80あたりまで跳ね上がっていたんです」それは、このプロセスと私のワークに対する、私自身の信仰を揺るがすようなテストでした。私は、「これは本当にすべて神のコントロールの範疇にあるのだろうか」と自分自身に問いかけなければなりませんでした。マルクスはじっと待ってみることを決意し、最後の2回のトリートメントを完了したのです。

 

7回目のトリートメントから約3週間が経ったころ、彼は腫瘍マーカーが正常値である0と1の間になったと報告してくれました。数値はそれから7年経った今でも同じ状態を保っています。

 

マルクスの癌は、手術によって解決することはありませんでした。問題の原因は7つのチャクラの中に埋め込まれており、セブン・トリートメントはそれを解放しました。病は実際に“呼び起こされ”、そして離れていったのです。

 

他のケースでは、結婚し、3人の息子さんがいる年配の女性が私のところへやって来たことがあります。子供のころ、彼女の父親は彼女を性的に虐待したそうです。彼女自身はまあまあうまく生活していたようですが、私のワークを耳にして、そのワークによって彼女のトラウマの記憶が癒やされるのかどうか知りたがっていました。

 

彼女のトリートメントはとても劇的なもので、彼女は数多くの非常にシンボリックな夢を見続け、肉体にはたくさんの痛みが浮上しました。そして、ヒーリングのプロセスが終わりに近づいた頃、とても奇妙な出来事が起きたのです。

 

彼女が6回目のトリートメントを受けに来る道中、ガソリンを入れるためにスタンドで車を停めました。ポンプの所に立っていると、一匹の犬が彼女に向かって駆け寄って来て、彼女に飛びかかり、太陽神経叢(みぞおち)に噛みついたのです。ドイツでは、紐につながれていない犬が勝手に走り回っていることがありません。それ自体が奇怪なことですし、その上太陽神経叢に噛みついたのですから。太陽神経叢は、まさに潜在意識の中心であり、本当に驚くような出来事でした。

 

そうした事故に遭ったにも関わらず、彼女は血まみれになって、何とか6回目のトリートメントにたどり着き、そして、その後7回目のセッションを終えました。

 

それからしばらくして、彼女は私に電話をかけてきて、経験をシェアしてくれました。彼女は60歳近い年齢で、人生で生まれて初めて、性生活を心から楽しむことができたそうです。トリートメントが彼女の精神から傷を取り除いたのです。

 

Q:実際、その犬には何が起きたのですか?

 

私たちの内側には、私たちから離れたくないと思っている私たちの過去の部分があります。ダスカロスは、それらを“エレメンタル”と呼びました。それらは過去から持ち越し、未だに解決されていない経験であり、潜在意識の中で実際に“生きて”います。私がここで“生きている”と強調したのは、それらが定期的に栄養を必要としているからです。例えば、誰かが子供のころに虐待を受けるという、ひどい経験をした場合、それが一度の出来事または慢性的な虐待であっても、この経験によって恐怖と恥と罪悪感に満ちたエレメンタルが形成されることになるでしょう。こうしたエレメンタルは潜在意識に留まり、絶え間なく“栄養”を必要とします。彼らが必要とする栄養とは、さらなる恐怖と恥、罪悪感なのです。

 

この女性の中にいたエレメンタルたちは、トリートメントをひどく恐れていたため、その恐怖を彼女の太陽神経叢から犬へと投影しました。その犬は普段はとてもフレンドリーで穏やかかもしれませんが、こうしたエレメンタルの投影によって、その犬は興奮し、その女性がトリートメントに行くのを妨げようとして、彼女に噛みついたです。

 

Q:ヒーリング・ワーク中に起きるそうした抵抗をどのように見ていますか?

 

セブン・トリートメントの最中に攻撃性や抵抗が表面化する場合、それはしばしばヒーリングが非常に順調に進んでいるという良いサインになります。トリートメントには実際に傷を癒やす可能性があります。そうでなければ、エレメンタルたちがトリートメントを止めようともがき苦しむことはありませんから。

 

トリートメントの最中に、抵抗が起きることはよくありますが、私の生徒たちも私も神の慈悲(それは愛と呼ぶこともできます)を心から信頼していて、病気や記憶と決して戦うことはしません。私たちは傷と病に対して愛を持って応えるだけです。愛が攻撃性に打ち負かされることはありえません。私たちのマントラは、2000年前に教えられた通り、シンプルなものです。求めなさい、そしてたたきなさい。そうすれば、与えられるであろう。扉は開かれるであろう。これは私たちに約束されていることなのです。(新約聖書 マタイ7章7節)

 

こうしたテオーシスのヒーリング技術は、ダスカロスと福音書著者の聖ヨハネの知恵に基づいており、ヨーロッパとスカンジナビア、また最近では北アメリカでも提供されています。www.theosis.comのHPを通じて、気軽に問い合わせてみて下さい。HPには、私の研究所で認定され、セブン・トリートメントを通して、人々をガイドするヒーラーたちのリストも出ています。

 

Copyright Paul Skorpen, 2012

Translated by Chie Tanaka