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魂の成長と潜在意識Ⅰ

 「兄弟の目にあるおがくずは見えるのに、なぜ、自分の目にある丸太に気づかないのか」

  (マタイの福音書 7章3節)

 

 私はこの一文を思い起こす度に、自分の目の丸太という例えが何ともユーモラスで、つい微笑んでしまいたくなります。同時に、その言葉の持つ意味合いに、背中を叩かれるような気がして、全くその通りだなあと感じ入ってしまうのです。キリストはこれに続いて「まず自分の目から丸太を取り除きなさい」と説いているのですが、私はこの言葉には意識や魂の成長を考える上で欠かすことのできない、非常に重要なエッセンスが含まれていると考えています。

 

 冒頭の一文を含む節は、次のように始まります。

「裁いてはならない。そうすれば、あなたがたも裁かれないであろう」

誰でもどこかで一度は耳にしているほど有名な一節です。この言葉を聞き、内なる良心の声に耳を傾ければ、それが真理であることが分かります。キリストが言うように、人を裁かずに、すべての人を素直に愛して生きたいと願うのは、人間としてとても自然な欲求だろうと思います。

 

 けれど、日常生活や普段の人間関係を振り返ったとき、自分の心の内を正直に見つめれば見つめるほど、実際にはその願いとは大分隔たっているように感じるのではないでしょうか。見知らぬ人との関係はおろか、親子や夫婦、兄弟姉妹といった身近な家族関係や友人関係の中でさえも、願いとは裏腹に、人を批判したり、荒々しい感情や不満を感じたり、表には出さなくとも、ネガティブな思いや考えを密かに抱いたりしていることに気づいてしまうからです。

 こうした気づきは、もしかしたら始めは痛みや葛藤を引き起こすことになるかもしれません。「他者の中にあるおがくず」だけ見ていた方が、一見ずっと楽に生きられるような気がします。でも、魂が成長していく過程では、「自分の目にある丸太に気づくこと」「それらを取り除くこと」は、どんな人にとっても避けて通ることはできない道ではないかと思います。

 

 ここで言う「自分の目にある丸太」とはもちろん比喩であり、これらの例えをそのまま、人間の潜在意識とその仕組みに当てはめて考えることができます。

 

 潜在意識にはいくつかの役割がありますが、その一つに経験を保存するストックルームという役目があります。潜在意識は、誕生時から生きている間に起きる、文字通りすべての経験と共に、その時々に感じたこと、考えたことを吸収し、蓄積しています。

  

 ここで、重要なポイントとなるのが、これらの感情や考えが潜在意識の中で、”生きている”ということです。感情や考えが”生きている”とは、一体どういうことだろう?と頭にクエスチョンマークが浮かぶ方もいるかもしれませんが、例えば、人に対して怒りが爆発してコントロールできなくなったり、言うつもりではなかったのにあんなことを言ってしまった、考えたくないことが何度も蘇ってきてしまう・・・などといった行動や反応は案外誰でも経験していることだと思います。

 そうした状況を振り返ってみると、まるで自分が何かに乗っ取られているような感じがしないでしょうか。そうすると、感情などが何らかの生き物というのも、あながち奇妙なこととも思えなくなるでしょう。

 

 実はこれらの感情や考えは、それぞれがエネルギーの形態として存在し、潜在意識の中に留まっています。そして、潜在意識的に人の行動や考え方、感情反応の仕方に絶えず影響を与えているのです。

 このエネルギー形態をエレメンタルと呼び、明確化することで、私たちが理解し、取り組みやすいように真理を示してくれたのが、キプロスに生まれた故スティリアノス・アテシュリス氏(ダスカロス)でした。

 

(2015年11月8日)