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エレメンタルとキリストのたとえ話

 図書室の記事でも度々登場するエレメンタル。ヒーリングのセッション中にも、クライアントの方に起きている現象を説明するのに使っていますが、これはキリスト教神秘主義の教師だったダスカロスが使った用語で、私たちが日々生み出す思考や感情、欲望といったあらゆるエネルギー形態のことを指します。

 

 普段私たちは、エレメンタルの作用を自分というパーソナリティーの一部として認識しているので、エレメンタルの影響に気づくことはほとんどありません。しかし、実際にはこれらのエレメンタルは私たちのエネルギー体やエネルギーセンターに住みついていて、ネガティブな性質のものがある程度力を増してくると、精神や感情の混乱や問題を引き起こしたり、肉体上に病をもたらしたりします。

 

 新約聖書の中で、キリストは汚れた霊という言葉を使って、ネガティブなエレメンタルの働きを次のように語っています。

 

 

 汚れた霊は人から出ると、砂漠を歩き回って休み場所を捜すが、見つからない。そこで、出て来たもとの家に帰ろうと言って、もどってみると、空き家になっていて、掃き清められ、整頓されている。そこで出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を引き連れて来て、中に入り、そこに住みつく。こうして、ついにはその人の状態は初めよりも悪くなる。この悪い時代の場合も同様である。 (新約聖書 マタイによる福音書12章43-45節)

 

 

 聖書に書かれている「もとの家」というのは、エレメンタルを生み出した「人」のことです。エレメンタルは人の意識から生まれて、その人のエネルギー体に住みついたり、エネルギーセンターを介して、中と外を行ったり来たりしているという意味です。

聖書中では汚れた霊といった強い言い回しが使われているので、ギョッとするかもしれませんが、汚れた霊が意味するエレメンタルの動き自体は決して特殊なことではなく、私たちの内側や身の回りで日常的に起きている現象です。

大抵エレメンタルは、それを作った人のエネルギー体の中に留まっていますが、外に出かけていって、同じような波動を持つ人の中に入り込んで影響を与えたり、似たようなエレメンタルをいくつも連れて帰ってくることもあります。

 

 実は、心や体のバランスや健康状態とこれらのエレメンタルは密接に関連しています。表面的には、心の問題や、体の症状や病気として現れている現象の背後にエレメンタルが隠れています。特に、心身の症状や問題が慢性的であったり、長期に及んでいる場合には、問題の原因になっているエレメンタルは個人の人格や肉体に影響を及ぼすほど力を持っていると考えられます。その場合、様々な治療を試してみてもなかなか改善されない、何か一つの症状が良くなったかと思うと他の問題が出てくるなど、堂々巡りのような状態が繰り返されることもあります。そのような状況は、背後にあるエレメンタルが解消されていないために起こっています。逆を返せば、エレメンタル自体が弱まり、きちんと解消されていくと、それに伴って問題や症状が改善されたり、必要な治療や医療的な処置がスムーズに進んだりと治癒に向けて動き出すようになります。

 

 ダスカロスは、問題を改善する方法として、エレメンタルを置き換えるという方法を示しています。自己内省を通じて、ネガティブなエレメンタルを見つけ出して、エレメンタルの力を弱めた上で、理性を使って善いエレメンタルを作って置き換えるのです。潜在意識に働きかけるヒーリングが行っているのも、まさにこのようなことです。大天使たちや霊的な存在たちが、問題の原因になっているエレメンタルを徐々に浄化した上で、ポジティブなエレメンタルに置き換える作業を行っているのです。

 

 もちろん自分自身でエレメンタルに取り組むことも可能です。ダスカロスの書籍などで意識の仕組みを学び、実践を重ねていくことで、エレメンタルに対処する方法や力を身につけることができます。しかし、すでにエレメンタルが強い力を持っていて、自己内省だけではなかなか解消するのが難しい場合は、ヒーリングといった霊的なサポートは大きな助けになります。

 そのため、ウィ・ラ・モラでは、できる限り問題を引き起こしているエレメンタルが解消されて、心身の問題や症状が根本から改善されるようなヒーリングを提供したいと考え、日々研鑽に努めています。

 

 

 ※「新約聖書 フランシスコ会聖書研究所訳注」より引用。