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冬のリトリート

 いよいよ陽が短くなって冬らしい気配になってきましたね。

春から秋まで心地良い日陰を作ってくれていた、セッションルームの正面に見える大きなケヤキの木もすっかり葉っぱを落として、冬空に大きな枝を伸び伸びと広げ、傾いた太陽の光がケヤキの枝を通り抜けて、部屋の中に柔らかな冬の光を届けてくれるようになりました。

 

 自然の様子やリズムを見ていると、樹々も動物たちも動きを減らし、エネルギーを静かに内側に蓄積しているのがよく分かります。

 

 12月は師走と言うだけあって、世の中の動きは何となく慌ただしくなりますが、冬至に向けて光が段々少なくなり、夜が長くなっていくこの時期は本来、普段よりも心を内側に向けて静かに過ごしやすい時です。

 そうした理由から、私はよくこの時期に「冬のリトリート」と称して、内省的に過ごす期間を持つようにしています。

 

 リトリートは元々、退去、隠居、静修などを意味する言葉で、一般的には日常生活を離れた場所に赴いて、自分を見つめ直す時間を持つことを言います。そうした機会を時々得ることはとても貴重なことですが、時間をとって遠くまで出かけることが出来ない場合には、普段の仕事や日常の生活を送りながら、自分自身でリトリートを行ってみるのも一つの方法です。

 

 私もそんな風にして、冬至までの3週間程度をリトリートの期間と決め、その間にじっくりと向き合いたい聖書の一部や霊的にインスピレーションを与えてくれるような書物の一部、瞑想やエクササイズなどを選び、家族と一緒に毎日そのための時間を取りながら過ごしています。

 

 日常的に瞑想や内省などに取り組んでいても、冬のリトリートと決めて行うと、その期間は不思議と独特の空気感というか静けさに包まれるのを感じ、毎年のことながら、面白いなあと思います。まるで、意識の中にリトリートのための静かな空間が構築され、それが期間中ずっと一緒にいてくれるような感覚になるのです。

 

 そこで、普段とは違った角度から自分自身を振り返ってみたり、これから向かう道のりと方向性を再確認したり、再調整したり。それは、ちょうど大地が休眠しながらも、栄養をしっかりと蓄えて、次の春の生命の芽吹きに備えるように、自己の魂に滋養を与え、内にある光の芽を育んでくれるプロセスのようにも感じます。

 

 そして、それが日常の出来事と切り離されるわけでもなく、12月特有の慌ただしさと活気と、リトリートによって生み出される静けさとが、一つの流れの中に織物のように自然に織り込まれていくのを感じながら生活していけるのも良いところです。

 

 この時期、季節のリズムが、意識の内側に向かい、静けさを感じるのを後押ししてくれるので、自分自身を振り返りながら、少し静かな時を過ごしたいと思う方は、自分なりの方法で、冬のリトリートを行ってみるのもお勧めです。

 

(2015年12月4日)